武家屋敷旧内山家

「武家屋敷旧内山家」は、越前大野城の近くにある小さな観光スポットです。

大野城は天正3年(1575年)に、織田信長の家臣であった、金森長近(かなもりながちか)によって作られたお城です。

金森長近は、織田信長に仕えた戦国時代の武将で、千利休の門下の茶人でもあります。

第7代の大野藩主であった、土井利忠(どいとしただ)は、飢饉(ききん)で苦しんでいた、大野藩を立て直した優れた人物です。

その土井利忠(どいとしただ)の右腕となったのが、兄弟であった、内山七郎右衛門良休(うちやましちろうえもん りょうきゅう)と、内山隆佐良隆(りょうすけやすたか)です。

七郎右衛門良休・隆佐良隆、兄弟は、大野藩の改革に尽力し、産業や人材の育成で、大きな成果を上げたそうです。

七郎右衛門は、大野藩が経営する「大野屋」を作り、農家が作った特産品などを全国に売ったり、銅を掘って、銅を作る、銅山経営にも尽力し、大野藩の財政を立て直しました。

結城座

大野屋は、現在、「平成大野屋」という形で復活していて、「平成大野屋」は、当時の「大野屋」の精神を受け継ぎ、大野市と大野市民132人が出資して作られた会社です。

越前大野城の駐車場(結ステーション)の前にある結楽座(お土産屋さん)も、「平成大野屋」が運営しています。

隆佐は、蝦夷地(えぞち)の開拓を推進し、洋式帆船「大野丸」を作ったりして、大野藩に大きく貢献しました。

この武家屋敷旧内山家の屋敷は、この兄弟の偉業をたたえるために、残されています。

武家屋敷旧内山家

武家屋敷旧内山家の母屋は、1882年(明治15年)ころに建てられました。

母屋と渡り廊下でつながっている離れの部屋は、大正時代に建てられ、茶室がある数奇屋の書斎です。
数奇屋は、茶室がある建物のことです。

この武家屋敷旧内山家は、登録有形文化財に登録され、歴史的、芸術的に価値の高いものとして、認められています。

母屋、離れの書斎、2階には、実際に入ることができてます。

武家屋敷旧内山家の基本情報

【名前】武家屋敷旧内山家
【営業時間】平日9:00-16:00、日・祝日9;00-17:00
【定休日】年末年始(12月27日~1月4日)
【料金】大人200円、小人無料
【住所】〒912-0087 福井県大野市城町10−7
【電話】0779-65-6122
【アクセス】越前大野城の入口駐車場から徒歩1分
【駐車場】越前大野城の入口の駐車場(結ステーション)(専用駐車場なし)
【HP】https://www.ono-kankou.jp/tourism/detail.php?cd=23

武家屋敷旧内山家の地図

武家屋敷旧内山家・訪問日:2018年9月13日、2019年7月31日
作成日:2019年8月5日