兼六園、水しぶきが美しい「噴水」江戸時代のスキルの結晶

兼六園の噴水

きょうは、兼六園、水しぶきが美しい「噴水」江戸時代のスキルの結晶、について書こうと思います。

「噴水の動画」

この兼六園にあるただ一つの噴水は、自然のちからを利用して、水を上に吹き出しており、日本最古のものと言われています。

この動画のとおり、噴水は、水の量もおおくて、けっこう勢いよく上がっています。

ほんとうに、これが自然のちからによるものなのか、どこから水をもってきて、どうやって、水を上げているのか、化学とかにはまったく詳しくないのですが、ちょっと調べてみました。

それでは、兼六園、水しぶきが美しい「噴水」江戸時代のスキルの結晶、について、詳しく見ていきたいと思います。
じぶんのような素人でもわかるように、噴水で使われているテクノロジーについても、説明しています。

水しぶきが美しい「噴水」江戸時代のスキルの結晶

1.日本でいちばん古い噴水

兼六園の噴水
この噴水は、1861年(文久元年)、加賀藩の第12代藩主だった、前田斉泰(まえだなりやす)が、金沢城の二の丸につくる予定だった噴水の、試作としてつくられたものです。

兼六園の噴水は、日本でつくられた噴水のなかで、いちばん古い噴水と言われています。

兼六園は、偕楽園(かいらくえん)、後楽園(こうらくえん)とならんで、日本三大庭園のひとつですが、茨城県水戸市にある偕楽園にも、吐玉泉 (とぎょくせん)という、日本最古といわれる噴水があります。

偕楽園は、常陸水戸藩の第9代藩主であった、徳川斉昭(とくがわなりあき)によって、つくられたもので、斉昭は、すぐれた藩の改革を行い、名君とも言われている人です。

斉昭は、吐玉泉 (とぎょくせん)だけでなく、玉龍泉(ぎょうくりゅうせん)という噴水もつくっています。

斉昭は、1800年生まれで1860年に亡くなっているので、兼六園の噴水ができた1861年より、古い噴水ということになりますね。

なので、正確には、
いちばん古い噴水は、偕楽園の吐玉泉 (とぎょくせん)と、玉龍泉(ぎょうくりゅうせん)
2番目に古い噴水は、兼六園の噴水

ということになるのではないかと思います。

2.自然のちからを利用

逆サイフォン
兼六園の噴水は、イラストのように、「ある場所にある水」を、「下の管をつかって」、「はなれた場所」に、「水圧をつかって流す」という逆サイフォンの原理をつかって、水の吹き出しをしています。

日本では、伏せ越し(ふせごし)といわれ、水路工事などで使われる技法として、知られています。

サイフォンとは、ギリシア語で「チューブ、管」の意味で、サイフォン原理は、「ある場所にある水」を、「上の管をつかって」「ある場所に流す」ものです。

サイフォンコーヒー
コーヒーが好きな人なら、知っていると思いますが、昔ながらのコーヒー屋さんに行くと、この写真のような風景を見かけると思いますが、このコーヒーサイフォンも、このサイフォンの原理をつかっています。

兼六園の噴水は、数十メートル上流で少し高いところにある、霞ヶ池(かすみがいけ)から水を引っ張り、地下にある管をとおって、霞ヶ池との高低差を利用して、約3.5メートルの高さの水をふき出しています。

すごいですよね。
これを、約150年以上もまえの、1861年に作っているわけですから、むかしの人は、知恵があったんでしょうね。

この3.5メートルの噴水は、霞ヶ池の水位によって、変わるようです。

3.金沢城とのふかい関係

辰巳用水
兼六園にながれている水は、犀川(さいがわ)という水を利用しています。

この犀川にある東岩(ひがしいわ)取水口で、水を取り込んで、
辰巳用水(たつみようすい)という約11キロにわたる用水路をとおって、兼六園に入り、
兼六園にある「霞ヶ池」から「噴水」した水が「瓢池(ひさごいけ)」に入り、
そこから金沢城に流れて、
さらに金沢市内に流れています。

この辰巳用水は、1632年、加賀藩の第3代藩主であった、前田利常(まえだとしつね)が、測量や計算などに長けていた土木の技師、板屋兵四郎(いたやへいひちろう)に命じて、作らせたものです。

長い距離のトンネルもある、たいへんな作業であったにも関わらず、なんと、1年で完成させたそうです。

噴水前の休憩場所
この工事が行われる1年前の1631年に、金沢で大きな火事があり、金沢城の防火や、防衛などのために、辰巳用水が作られたそうです。

第3代藩主、前田利常は、意志決定がすごく早いですね。
1631年に火事があって、すぐに板屋兵四郎に命じて、1632年には完成させたんですから。

前田利常から、相談をうけた板屋兵四郎も、優秀です。
相談を受けてから、用水路をイメージし、現地を視察して、どこから、どうやって、どこまで水を引こうか、設計し、着手し、1年足らずで完成させたわけですから。

現代において、このスピード感とクオリティで作業できる人が、どれだけいるかと想像すると、第3代藩主、前田利常も、板屋兵四郎も、ものすごく、地頭がよかったんですね。

この辰巳用水は、当時作られたものを修復したり、取水口の場所を変えたり、いくつかの変更はあるものの、現在も使用されています。

まとめ

まとめ

ここまで、兼六園、水しぶきが美しい「噴水」江戸時代のスキルの結晶、について説明しました。

この噴水は、まわりの風景ととけこんだ、水しぶきの美しさもさることながら、いちばんの魅力は、当時のテクノロジーと住民のちからを、最大限利用して作られた、その「ドラマ」にあります。

1632年の2名の天才(第3代藩主、前田利常と板屋兵四郎)と、その指揮下で、一生懸命はたらいた、たくさんの職人と、地域の住民が、一体になって成し遂げた「辰巳用水」

1861年(文久元年)に、加賀藩の第12代藩主だった、前田斉泰(まえだなりやす)による、辰巳用水を使った、逆サイフォンの原理による、「噴水」

われわれは、この噴水をつうじて、当時の人の、知恵の深さと、人の連携の深さをつうじて、日本人らしさを知ることができます。

<兼六園について>

  • 住所    :石川県金沢市兼六町1
  • 連絡先   :076-234-3800
  • 営業時間  :
  • 3月1日~10月15日 7時00分~18時00分
    10月16日~2月末日 8時00分~17時00分

  • 定休日   :年末年始
  • 料金  :
  • 大人(18歳以上) 310円(団体は250円)
    子供(6歳~17歳) 100円(団体は80円)
    6歳未満      無料
    ※石川県民は無料で入れます。

  • アクセス  :
    金沢駅から、車で約15分

  • 駐車場料金 :有料

兼六園の場所

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